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オバマ米大統領の就任記念パーティー「2009 Inaugural Ball」に、女優アン・ハサウェイ、鮮やかなディオールのドレスで登場。



バラクオバマアメリカ大統領に就任。

今後のアメリカ日本との関係、世界情勢の行く末。

等などについて書こう、と思ってたら

この写真が眼に飛び込んできてしまいました。

あ〜なんて美しい。黒ハートへなへなです。ハートたち(複数ハート)



現地時間20日、第44代アメリカ合衆国大統領に就任したバラク・オバマ氏。

なんかかっこいいですねー。

弁舌は巧みで分かりやすく、知性が滲み出てる。

情熱がどどーっと迸ってる。

そして何より本当にアメリカをそして世界を変えたいという思いが伝わ

ってくる。



さてワシントンよりはるか1万キロメートル、

ネタの提供では負けないぞの、われらが日本国麻生首相。


唇の端がひゅいとなっている、とかはまあいいんです。

弁舌は鋭く巧み、かな?...申し訳ないけど、取り敢えず措いとこう。

知性は...あまり感じられないか、な?これもひとまず措いとこう。

情熱は...たぶんあるのかな?

日本を変えたい、良くしたい、と本当に思って...いて欲しいな。触れないでおこう。



見た目じゃないよ、中身だよ。と言っても、できればツーショットは

御遠慮していただけないでしょうか。何となく肩身狭く感じちゃう気が。。




アメリカ日本、両国とも問題山積みです。

(特にアメリカは今後の世界の行く末も左右するでしょうし)

知性はある方がいいけども、もしなくてもそれを提供して支えることが

できる人はいる。

弁舌の拙さも、伝わる中身があれば、愛嬌とも受け取れるかもしれな

い。



しかしどんな時代、地域にあっても、

政治家がその内に絶対持っていなくてはならないものは、

このを、そして世界を良くしたいという心からの思い、

それはつまり人への思い、理解、共感なのではないでしょう

か。


国民は、政治家にまず何よりそんな姿を求め、感じたいのではないでしょ

うか。

posted by ひゅるりん at 00:19 | Comment(50) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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ルーニー、クリスティアーノロナウドおめでとう!マンチェスター・ユナイテッド 08クラブW杯制す



マンチェスター・ユナイテッド優勝しましたね。やっぱり強いです。

インタビューの時のルーニーのなんとまぁ可愛いこと。かわいいこと。

なんだ、あのつぶらな瞳は。妹にしたいぞ。

                                                    



で、試合の方は、ヴィディッチ退場で一人少なくなったこともあって、

攻撃サッカー全開とはいかなかったとはいえ、

マンUのゴール前でのスペクタクルは、やはり華やかでした。



クリスティアーノロナウドはいつもなら自分でシュート打ってるような

場面でもパスだしてたりしてましたね。

フォアザチームというか、チームの勝利の為に必要な自分の役割とかも

身に付いてきてるし、なんか、いやぁ超一流ですねー。



そして何より、ルーニーもすごすぎる!

ゴールの醍醐味を存分に味あわせてくれる典型的なストライカーですね。


ガンバ大阪との試合の得点は

トラップひとつで相手の裏をひゅるりとすり抜けて、ズドーン。


今日の決勝点も

すっと走りこんできて、ここしかないぞのゴールデンコース

へまたまたズドーン。


たぶんルーニーにとっては、当たり前のプレーなんだろうけど、

あれほど自然にできる選手はそうはいませんよ。



クリスティアーノロナウド(♂23)とウェイン・ルーニー(♂23)。

確かドイツW杯のポルトガル代表イングランド代表の試合で、

クリスティアーノロナウドルーニー退場のきっかけを作って

一時不仲説が流れてたけど、

今じゃお互いのプレーを認め合ってますよね。

まぁ認め合わざるを得んわなぁ


同じチームで共に戦って、お互いの存在があるからこそ、

ますます高みに昇っていく。


幸せな出会いですねー。運命の出会いじゃありませんか。


このふたりが抱き合って喜ぶシーンがとても嬉しいのです。







posted by ひゅるりん at 00:49 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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クリスティアーノロナウド いいからだしてますね〜 。マンチェスター・ユナイテッド ガンバ大阪下し決勝進出、08クラブW杯




今日はいよいよ、08クラブW杯決勝戦マンチェスター・ユナイテッド VS リーガ・デ・キトですが、

その前に昨日に続いて、マンチェスター・ユナイテッド VS ガンバ大阪についてのつれづれです。



いや〜しかし、クリスティアーノロナウド(上の写真参照)

いいからだしてますね〜。しかもまぁこれ、クリスティアーノロナウド

のからだを鑑賞させていただくには、ベストなアングルじゃないです

か。ハートたち(複数ハート) じゅる。


大胸筋と広背筋の見事なバランスを保った厚み。

くびれた腹筋まわりに続く、きゅっとあがった大臀筋。

上背もあるし、さらにこのナイスバディじゃ、もうこりゃこれだけで、

参りましたってなっちまいそうです。


隣のガンバ大阪安田選手も非常にがっちりしたからだをしていますが、

こうやって並んで見ると、もちろん元の体格の違いもありますけど、

やっぱりクリスティアーノロナウドにはふっとばされちゃいそうな気が

します。



で思うのですが、日本選手の、世界との大きな差のひとつに、

相手と接触しながらのプレー能力があるのではないでしょうか。


日本チームの国際試合では、日本代表を含めて、

ゴール前になると、あたふた余裕のないプレーがよく見られます。


日本選手はボールテクニックはなかなかあると言われているようで、

実際その通りだと思いますが、それは相手のプレッシャーがあまりな

い局面でのテクニックだったりするのではないでしょうか。



実際の試合では、展開の優劣の流れを生むのは、

相手のプレッシャーのある状況下でのプレーになります。


サッカーでは、セットプレーを除いて、重要な局面では、ほとんど相手

と接触しながらのプレーになるわけですから、フィジカルの重要性は、

かなり高いですね。


相手を押さえながらのパスやシュート。


フィジカルの裏付けがあると、選手はより安定して、余裕をもって

自分が持つボールテクニックを発揮しやすくなります。

バルセロナのメッシの様に、卓越したスピードや俊敏性を持っていれば別ですが、

日本サッカーは常に相手のプレッシャーがある中でのひとつ

ひとつのプレーの質がもっと強く意識されるべきではないでしょうか。

posted by ひゅるりん at 00:27 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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ガンバ大阪 マンチェスターユナイテッドに善戦?




さてさてクラブ世界一決定戦準決勝マンU VS ガンバ大阪

ですが、いやー面白かったですね。

遠藤はやっぱり上手いなぁ。3点もよく取れたなぁ。


でもですね、何か、は〜っとため息でちゃいました。

まーマンチェスターユナイテッドと較べてもしゃあないじゃないかとは

わかってるんですけど、ちょびと落ち込みましたんです。


全然次元が違うじゃないか〜〜もうやだ〜(悲しい顔)


1993年のJリーグ発足から、あれよあれよといつの間にやら早や15年。

カズやラモス、あの煌びやかなグラウンド。そりゃー、盛り上がりまし

たよ。わくわくしましたよ。

日本人は頑張り屋さんだから、そう遠くないうちに、W杯イタリア

イングランドブラジルアルゼンチンドイツフランスなんかと

試合して、勝っちゃったりして、

なんだ、こいつら、強えーてな感じで、あちらの方々が驚いてるとこ勝

手に想像して、

うら、どやと鼻ピノッキオになって、むふむふにやにやしてましたよ。


2002年のワールドカップの時も嬉しくて嬉しくてちびりかけましたよ。

あのワールドカップがこの日本で開催されるなんて、

テレビの向こうの、はるか遠い異国の出来事だったあの最高の夢の

舞台が、自分のはく息ダッシュ(走り出すさま)がちょびっとは混ざってるに違いない

こんな近いとこで行なわれるなんて。




もう15年ですか。そりゃサッカー先進国に較べれば、まだまだ歴史は

浅いですけど、なんかあまり差は縮まってない様な気がするんです。

どうでしょうか。いやもしかしたらますます差が開いたかも。


現時点までのレベルアップは、

恵まれた環境のもとでプロリーグを持つ国の最低限のもので、

そこから上のレベルへの階段は全然上ってないかもしれない。


ひとつひとつのトラップ、キック、パス回しをとっても、

そんな根本からなんかぬるいままの感じがします。


はるか昔から感じていた違和感が2008年のこの試合になっても

デジャブのごとく現れてきました。



さあ、この先、日本サッカーはどうなっていくんでしょうか。

海外では、クリスティアーノロナウドはじめ、すごすぎる若手選手が

次々と現れてます。

もちろんわれらが日本にも将来有望な選手が何人もいますけど、

何かその有望さ度合いが違う様な気がするのですがどうでしょうか。

いや、気のせいであって欲しい。気のせいであってくれい。


クリスティアーノロナウドの笑みと3点目取った時の日本選手の笑み。


同じ笑みでも全く世界が違う。

あの場面で、日本の選手に笑みがでるうちは、

まだ次の階段への一歩にも足をかけられないような気がします。

 

posted by ひゅるりん at 23:23 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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小室哲哉さんの楽曲。販売、放送の自主規制 最終回。

アーティスト、芸術家は特別な存在か?


結局、アートアーティストが本質的に結びついているからこそ、

つまり、作品と作者が抜き差しならぬ親密さをもつからこそ


アート、芸術と呼ばれるものは人々に感動をもたらし、価値観を変え、

人生のベクトルをくいっとしちゃったりするほどの影響を与える

ことができるのではないでしょうか。


そしてその親密さがあるからこそ、

ミュージシャンアーティストの社会的な行為に敏感に反応するので

はないかと思うのです。


アート。芸術

感情の動物、いやいや、感動の動物である人間の

面目躍如とも言うべき愛しい面々。

人間から生まれて、親をすっ越えて独り立ちしてしまったりする偉大な

子供たち。


その様に特別扱いを受けるという事は

やはりアート、芸術は、このわさわさした目の前の生活してる世界から

ひょいと浮世離れした特別な存在だと示しているのではないでしょうか

(たとえ、作品が、日常を題材にしたものでもです。)


その作品を生み出した作者はもちろんすっごいです。

偉大だなぁと憧れ目線送っちゃいます。


でも偉大ではあるけれど、

チキンラーメンを創り出した百福さんや、バイクの本田さん等など、

他の世界で活躍される子供たちを生み出した偉大な人々より特別だということではないのです。



あくまで特別な存在と言えるのは、子供たち自身、つまり

アート、芸術とよばれる作品の方なのです。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

とまぁ小室哲哉さんの事件から、色々もぞもぞと考えてきた訳ですが、

実は、好きなんですよねー。

アーティストとかそんな香りがする世界が。

ミュージシャンアーティストの伝記とか結構買っちゃったりしてました。

だって面白いんだもん。どっぷんと浸っちゃうんだもん。

自分がなんかすごくなった気がしちゃうんだもん。


ということでこれからも、

びびっときた音楽や絵画、いや〜じんとくるなぁな本に映画、

感動した!しびれた!なスポーツ、特にサッカーのこととか、

ちょびちょびと、だらんだらんと書きたいなと思います。  
posted by ひゅるりん at 00:17 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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小室哲哉さんの楽曲。販売、放送の自主規制 3。

アーティスト芸術家は特別な存在か?

一般ピープルとは違う、なんか別種の生命体としてまなざしを

注がなければいけません、てな存在なんでしょうか?

というお話をしてきた訳ですが、


芸術作品を生み出した人が、アーティストと呼ばれるのであって、

作品より先にアーティストと呼ばれる存在があるわけではないのではと

思います。


アート、芸術と呼ばれるなにやら捉え難いもの、定義し難いものを

そしてアートなお子さんとアーティストな親御さんの抜き差しならぬ

親密さを人々は無意識のうちに捉えているのではないか。


アート、芸術と呼ばれるなにやら不可思議な存在を

規制と言う人々の社会的行為が、逆説的に浮かび上がらせているのでは

ないでしょうか


いなくても死んじゃったりはしないだろうけど、

いてくれなきゃやだやだ、つまんないよー、てな気持ちにさせられる

ふわふわ浮かんでる、罪作りな存在。


アート、芸術と呼ばれるものがその様な存在であるからこそ、

お子さんたちの素性がいまいちわかりませんので

親御さんのことも確認させていただきますとなるのではないか。


つまり

作者作品をより密接、等価に捉えている世界だからこそ、

あんた、親御さんがおいたしちゃったんで、

君もちょびと肩身狭い思いしなされ、すまんねー。

となって、自主規制という行為が行われるのではないでしょうか。




posted by ひゅるりん at 00:09 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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小室哲哉さんの楽曲。販売、放送の自主規制2。

前回の
〜規制度ランキング〜


音楽、美術 > サッカー、陸上などスポーツ
      ≧ ケンタッキーフライドチキンさんやチキンラーメン        さん   

なんですが、


まぁ映画がないわ、とか

お茶碗はどないしたんでっしゃろなぁ、とか

おら、バイクはどないなっとんねん、とかはご勘弁くださいまし。


何とかちょびと、アートとか芸術作品といわれるものが

浮かび上がらないかなぁという感じのお手軽ランクですので。


ランキング上位の世界の規制は

何かを創り出した人のおいたに、ぴくっと敏感に反応する。

そしてぴくっとしたその手は、あらま、既に作品を掴んでいる。

という感じのある種条件反射的な行為なのではないでしょうか。


無意識のうちに人とものを強く結びつけて考えている。


ここには、著作権や利益の帰属関係などの
商業上の理由からと言うより、実は、

音楽美術と呼ばれているジャンルの方が

創り出した人と創り出されたものそのものがより等価としてあると

皆が無意識に規定してるからではないかと思うのです。


つまり、音楽美術作品などは、

ある人間の価値、固有性、言い換えると

そのひとの存在そのものに直接繋がっている、


まぁ『あなたじゃなきゃだめなの。』ということでしょうね。


そして、通常この様に作者にまつわる社会上の出来事を受けて、

規制される作品、ジャンルこそ、

人々が芸術アートとして捉えているイデアの

今この世を忍ぶ仮の姿なのではないでしょうか。
posted by ひゅるりん at 22:35 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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小室哲哉さんの楽曲。販売、放送の自主規制。

小室哲哉さん逮捕の事件を受けてのその後。

レコード会社放送局が行った小室哲哉さん関連の楽曲についての販売、放送の自主規制がなんか気になるなぁ、と言う事で

これがサッカーの方々、はたまたラーメンやフライドチキンさんの場合だったらどうなるかなとちょっと較べてみたわけですが、

音楽、美術等における作品の方が
サッカー、陸上等スポーツ選手のパフォーマンスや
カーネルサンダースさんのケンタッキーフライドチキンさん、
はたまた百福さんのチキンラーメンさんより
何らかの社会的な規制や制裁を受けやすい様です。

最近、流行りの?食品偽装問題にまつわるあれこれは、
それを作っているいけない事した人にはもちろん
こらぁ〜とお咎めがありますが、
そのお子さん達が回収されたりするのは、
あくまでそのお子さん自体が持っている問題に対する規制であって、
おいたした人に対する規制ではありません。

ドーピングしたスポーツ選手の記録が取り消されたりするのに近いポジションでしょうか。
でもパフォーマンスくんは何も知らなかったのです。

そんなずるしちゃ、結局はお子さんが一番かわいそうじゃありませんか。
駄目ですよ。お父さん、お母さん。

てなわけで、

〜規制度ランキング発表〜

音楽、美術 > サッカー、陸上などスポーツ ≧ ケンタッキーフライドチキンさんやチキンラーメンさん 

という結果になりました。

で、小室哲哉さんは、現在の日本国においてトップクラスにランクインしている音楽業界に所属しているのです。


もうちびっと続く。




posted by ひゅるりん at 23:15 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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小室哲哉さんはミュージシャン?アーティスト?

アーティスト芸術家は特別な存在か?
というお題目についてお話してますが、
ちょびっと、いぢわるで面白い本を見つけました。

『アーティスト症候群』




芸能界の、アーティストと呼ばれたい、「私のことをアーティストとお呼び!」てな感じの方について書かれています。

藤井○○ヤ工藤静○、片岡○太郎といった方々を挙げて、
みなさんもしかして、「なんちゃってアーティスト」では?と
こきおろして?おります。その切り口は至って真面目ながら、
何となく執念深さも感じさせる、なかなかに面白い本です。

アーティスト」と呼ばれたい人もいれば、
そんな人に、ちっと舌打ちする人もいる。
プチいぢわるな満足感を味わえる本です。

閑話休題でした。
posted by ひゅるりん at 01:15 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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アーティストって?

アーティスト、芸術家は特別な存在か?

「アーティスト」という響きには人は惹きつけるものがあります。
なんとなくかっちょいいではないか!
実際あちらこちらで、アーティストと呼ばれたい、「私のことをアーティストとお呼び!」てな感じの方を少なからずお見かけします。
「なんちゃってアーティスト」とお呼びさしあげましょうか。

さて、お題目についてですが、まず、


芸術作品を生み出した人が、アーティストと呼ばれるのであって、
初めにアーティストと呼ばれる存在があるわけではないのではと考えます。

そして芸術とは何かと言うとこれまた難しく、何らかの基準を恣意的に設けるしか無い訳ですが、まぁ
  「感動を伝える。呼び起こす。」
  「価値観を変える」「新たな価値観を提示する。」
   =感動した!人生変わった!と言わしめるところでしょうか。

しかし、こりゃ認めざるを得んわな、あんたはアーティスト!いよっ!
と言う様な、アーティスト認定証が授与されるには、
やはり時間という検証期間、淘汰過程が必要なのではないでしょうか。

特に現代は、マスメディア、マスコミュニケーションによって、
多種多様、種々雑多な人や事物が、マスレベルの人々の関心の対象に
なりやすい状況にあります。
またそれらは、あの手この手で、商品として、魅惑的な装飾を纏って、
刺激的に目の前に差し出されてきます。

対極として想定されるのが、これいいなぁというものが、時間、空間を越えて徐々に拡がってゆく。そしてその過程で、存在感を増し、磨きかけられていく。 ん〜。天然熟成ですねー。

今はそんな過程をすっとばして、ほれ時間短縮、ほれマーケティング。
金になりまんなぁな方々や作品には、きらびやかなメンテナンス、フォローが入ります。  ん〜。人工加工物ですなー。

でもですね、本当に価値観を変えたり人生変えたりという程の強さを
持つ作品は、そう簡単にあちこちから、ぽこぽこ生えてくるものではないのではないでしょうか。

もう少し続く。
 
posted by ひゅるりん at 07:19 | Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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